2017.04.01

持続可能な安心・安全な社会の実現に向けて

破壊における研究の動機

破壊事故による経済損失は国内総生産の約4%に上るといわれる。著者が米国ワシントン大学にて破壊力学の模擬講義で取り上げた話題の1つである。大きな経済損失を伴うため、破壊事故を未然に防ぐことは有意であるという内容だった。この発言に、著名な先生からご指摘を頂いた。第2次世界大戦後日本からアメリカに渡った研究者のうちの一人で、90歳を超えてなお現役バリバリの先生である。「経済のためではない、尊い人命が失われないためにこのような研究が行われるべきなのだ!」と。ハッと思い知らされた。我々の使命はまさに、このような動機に基づくべきものである。機械構造物における主な破壊の原因は金属疲労である。金属疲労という現象は産業革命後に認識され始めた。最初に本格的な金属疲労の研究が行われたのは、1842年5月8日に起こったベルサイユ鉄道事故に端を発する。ベルサイユ宮殿で開かれたルイ・フィリップ1世の祝賀会の後、パリ行きの列車が先頭機関車の車軸の破損により脱線し、後続の客車が次々と乗り上げ火災が発生した。犠牲者は40名とも80名とも言われている。ドイツの鉄道技師のWöhler氏が車軸の回転を再現した装置を作製し疲労試験を行った文献が残されている。Wöhler氏の研究の動機はまさに、多数の尊い人命が失われないようにするためであろう。

航空機の設計の変遷

さて、航空機の設計の歴史を遡ってみると、墜落事故の原因解明により設計の改善が図られてきた。1903年12月17日にライト兄弟は、「ライト・フライヤー」号によって初めて有人の動力飛行を成功させた。その後、旅客機が運航を開始するのに20年とかかっていない。そして、1954年に世界最初のジェット旅客機であるコメット機の連続墜落事故が起こった。これも事故調査の結果、金属疲労が原因であることが報告されている。当時の飛行機の設計は安全寿命設計と呼ばれ、大きく安全率を見積もり、運用期間中に疲労破壊が生じないように設計されていた。それでも疲労破壊が起こってしまったっため、損傷が入っても致命的な破壊に至らない設計にするための工夫がなされるようになった。現在の航空機では、運行中にき裂が進展することを前提とした損傷許容設計が採用されている。

生物に学ぶ材料設計

これまで、航空機の主な機体構造はアルミニウム合金で作られていた。しかし、金属では機体重量が大きくなるため、最新鋭航空機の主要構造材料は炭素繊維強化プラスチック(CFRP)にとって代わられた。CFRPは炭素繊維を樹脂で固めた複合材料である。複合材料の歴史は長く、紀元前15世紀の古代エジプトにまで遡る。現存している最古の資料として日干し煉瓦を割れにくくするために藁を混ぜている姿のレリーフが残っている。何かを混ぜて新しいものを作るという考えはいつの時代も同じである。材料設計の観点では自然から学ぶことも多い。竹の断面は空洞になっており、かつ繊維は外側になるほど密に配列されている。これは材料力学の観点から見れば、軽量で曲げ剛性を高めようとするこのような形状は理に適っている。アワビの貝殻は98%の炭酸カルシウムと2%のタンパク質がナノメートルスケールの多層積層構造をしている。この構造は1つ炭酸カルシウムの層でき裂が生じてもたんぱく質の層で停留するため構造全体にき裂が進みにくい構造となっており、炭酸カルシウム結晶のみと比べて約3000倍もの強度発現を実現している。また、ヒトは骨折しても自身で治癒することができる。もし、生体に見られるように金属材料などでも自律的に傷が治せるようになれば、破壊事故が無くなり持続可能な安全・安心な社会の到来もそう遠い未来ではないのかもしれない。

電気刺激で修復される金属疲労き裂

電気刺激で修復される金属疲労き裂