2019.08.06

身の回りにあるでたらめな物質 ~乱れの中の秩序~
(材料科学専攻 平田 秋彦 )

結晶と非晶質
結晶といえば雪の結晶を思い浮かべる方も多いかもしれません。あのような綺麗な外形になるのは雪を構成している膨大な原子(分子)が規則正しく並んでいるからなのです。しかし、我々の身の回りの物質がすべてこのように規則正しく並んだ原子からできているわけではありません。例えば、窓ガラスは原子がでたらめに並んだ物質ですし、家電などに使われているプラスチックもそうです。このような物質は非晶質と呼ばれ、結晶と区別されています。非晶質物質は身の回りに多く存在するにもかかわらず、結晶と比べると詳しいことがあまりわかっていません。

原子の並びをどのように観察するか?

非晶質物質の詳細がわからない理由の一つは、原子の配列している様子がよくわからないことです。ところで、物質中の原子の配列はどのようにして知ることができるのでしょうか。ご存知のとおり、原子は我々の肉眼では見えません。そこで、我々が見えるいわゆる可視光の波長よりもかなり短い波長を持つX線や電子線を使って調べているのです。物質にX線や電子線を当てた場合、結晶であれば規則正しい原子の配列を反映した干渉模様が観察されます。そしてその模様から実際の原子配列の様子を推定することができるのです。しかし、非晶質物質の場合、たくさんの原子がでたらめに並んでいるため、はっきりとした干渉模様が観察できません。そこで、我々は特別の絞りを作って非常に細い電子線が物質に当たるように工夫し、非晶質物質のごく一部だけを観察することを試みました。電子線を限界まで細くしていくと、これまで見えていたものとは異なり、模様は一転はっきりとしたものとなりました。ここで大事なことは、このようなはっきりとした模様は物質のどのような場所からも同じように観察され、非晶質物質を構成する主な局所構造を反映したものであるということです。得られた模様を解析することで、以前よりも明確に非晶質構造を捉えることが可能となったのです。

非晶質の原子の並びは本当にでたらめか?

「でたらめ」というのはサイコロを振って出た目のままという意味のようですが、果たして非晶質物質の中の原子は本当にでたらめに並んでいるのでしょうか。上述の実験では似たような干渉模様が物質の至る所から観察されるため、原子の並びにはある程度の決まりごとがあるように思えます。そこで、実験で得られる干渉模様を再現するような原子の配列を、数理手法である計算ホモロジーを使って調べてみました。計算ホモロジーとは幾何学的な対象を代数的に議論するもので、物体の繋がり方や孔の情報を得ることができます。原子同士の繋がり方を調べた結果、原子の分布はどの部分からとってもおおよそ同じ不均一性を持つことがわかりました。これはでたらめと言われている非晶質物質の隠れた秩序なのではないかと考えています。これまでの手法ではうまく表現できなかった特徴が、計算ホモロジーで首尾よく表現できる可能性が見えてきました。

非晶質研究の今後

非晶質はでたらめであるが故、結晶のような美しい秩序を我々になかなか見せてくれません。例えて言うなら、非晶質の研究は、かゆい場所を厚着したコートの上からかくようなもので、大変もどかしいのです。しかし、多くの研究者の努力によりそのベールは少しずつ剥がされており、いつの日か結晶と同じような美しい秩序があらわになると信じています。また、非晶質の基礎科学が発達すれば、応用分野も飛躍的に進展するものと期待されます。

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