2020.08.07

四元数体と正の整数を4つの整数の平方和で書く問題をめぐって <基幹理工学部 数学科 成田 宏秋>

高等学校のある時点まで「\(\sf x^2+y^2\)は因数分解できない」と教わる. やがて複数平面を学習し, 「虚数単位\(\sf i\)」を手に入れると\(\sf x^2+y^2\)という2次同次式は\(\sf x^2+y^2=(x+yi)(x-yi)\)と因数分解できると教わる. この分解は, 実部をx, 虚部をyとする複素数\(\sf z=x+yi\)の複素絶対値|\(\sf z\)|(ノルムとも言う)の2乗は\(\sf |z|^2=zz ̅=x^2+y^2\)であるという話に他ならない. ここで\(\sf z ̅=x-yi\)はzの複素共役と呼ばれる.

 

すると自然な疑問として, 「複素数体」と呼ばれる複素数全体の集合に「第2の虚数単位j」(及びその実数倍)を付け足した数の世界「超複素数体」を与え, \(\sf {x_1}^2+{x_2}^2+{x_3}^2\)が同様に因数分解できるかという問が考えられる. 実は付け足す虚数単位が一つでは「数学的な不都合」(説明は後ほど)が生じ, そこで「第2, 第3の虚数単位j, k」(図1参照)を与えると
\(\sf {x_1}^2+{x_2}^2+{x_3}^2+{x_4}^2 \)

\(\sf =(x_1+x_2i+x_3j+x_4k)(x_1-x_2i-x_3j-x_4k)\)という分解ができる.

 

そこで集合{\(\sf x_1+x_2i+x_3j+x_4k | x_i \) (1≤i≤4)は実数}を考えると, これが「超複素数体」と呼ばれるにふさわしい数の集合で, 発見者の名前にちなんでHamiltonの四元数体と呼ばれる.これは乗法の可換性は失うが複素数体と同様「四則演算の構造」を持つことを注意しておく. 実は虚数単位はi, j2つだけでは四則演算を持つ集合にならず, これが「数学的不都合」の意味である. 四元数体においては\(\sf {x_1}^2+{x_2}^2+{x_3}^2=(x_1+x_2i+x_3j)(x_1-x_2i-x_3j)\)という因数分解も可能である.

 

ここで気分を変え, 四元数の概念の整数論の古典的事実へのちょっとした応用を試みる.

 

定理(Legendre) すべての正の整数は(高々)4つの整数の2乗の和で表せる.

 

この定理をすべての正の整数について実際に確かめることで証明するのは, 正の整数は無限にあるので原理的に不可能である. しかし現在は指定された有限個の正の整数について確かめれば, すべての正の整数について確かめたことになるという強力な定理がある.

 

定理“fifteen theorem”(Conway-Schneeberger, Bhargava)
正定値な「整数係数行列で表現される」2次同時多項式が1,2,3,5,6,7,10,14,15を値として取り得るなら,それはすべての正の整数を値として取り得る.

 

ここで「正定値」とは, 2次同時多項式がすべての変数を0とする以外のいかなる実数の代入を行っても値が正という意味である. 「整数係数行列で表現される」とは「整数係数である」よりも少し強い条件である. 例えば\(\sf {x_1}^2+{x_2}^2+{x_3}^2+{x_4}^2\)は正定値で4次の単位行列という整数係数行列で表現される2次同時多項式である. この定理は最初J. H. ConwayとW.A. Schneebergerによって与えられ当初は「1以上15以下の整数を値として取るなら成立」という主張であった. 上記の主張はフィールズ賞受賞者のM. Bhargavaが改善したものである.

 

ここでHamiltonの四元数体は複素数体と同様に定義されるノルム
\(\sf N(z):=zz ̅\)

\(\sf ={x_1}^2+{x_2}^2+{x_3}^2+{x_4}^2 (z=x_1+x_2i+x_3j+x_4k)\)
を持つことを注意する. ここに\(\sf : z ̅=x_1-x_2i-x_3j-x_4k \) であり複素共役の類似である. このノルムは「乗法性」と言うべき以下の性質を有する.
\(\sf N(ab)=N(a)N(b) \)
このことに注意すると上述の「fifteen theorem」の主張は, 四元数体のノルムで定義される2次同時多項式に適用すると以下の通り更に改善できる.

 

「1, 2, 3, 5, 7が(高々)4つの整数の平方の和で表せるのなら, それはすべての正の整数についてもそうであることを意味する.」

 

実際6=2×3, 10=2×5, 14=2×7, 15=3×5であるから四元数体のノルムの乗法性から上の5つの整数の場合で確認できれば十分と分かる.

実は四元数体の乗法性を有するノルムの定義の仕方は無数にある. 私は最近の研究で四元数体の観点から同様のことが成り立つ4変数2次同時多項式の更なる例に触れ, それにより私の専攻する整数論研究が進展する機会に恵まれた. 往々にして大道具の使用を迫られる最近の整数論研究だが, 問題の起源は初等的な言葉で説明できる素朴なものであることが多い. 大道具の使用で見落としがちな初等的な視点を見逃さないよう研究に勤しみたいものである.

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