2021.04.26

フォトニクスの小さな巨人、半導体レーザ
電子物理システム学科 宇髙 勝之

私の専門の一つに半導体レーザがあります。私が半導体レーザに触れたきっかけは45余年前の学部3年に「電子物性工学」という科目を履修したことに遡ります。恩師の清水司教授の著になるその講義と同名の教科書は今でも私の書棚にあります。そこで材料とデバイスとの関係に大変興味を覚え、レーザについて初めて知りました。特に半導体レーザなるものの存在にある意味ショックを覚え、学部4年の卒論テーマで半導体レーザに関するものが有り、飛びつきました。その後半導体光集積回路なるものを知り、大学院でそれらを学び、現在に至っています。なぜ半導体レーザにショックを覚えたかですが、半導体〜シリコン〜トランジスタ〜LSIと短絡的な知識しか無かった当時、ヒ化ガリウム(GaAs)という耳慣れない半導体からレーザ光が発すると言うことが新鮮な驚きでした。1970年代当時まだ大変貴重な半導体レーザですが、修士の先輩との研究用に購入された現物を見ても肉眼では見えず、実体顕微鏡を覗いてやっと見えたその大きさはまさに砂粒ほどで黒い色でしたが、共振器となる劈開による結晶面が見る角度によって光を反射してきらりとしていました。またレーザ光は輝く光線というイメージも覆りました。用いた半導体レーザは近赤外光を発するものでしたので光は肉眼では見えません。ややがっかりしましたが、確かに光が出ていることは光検出器で分かりましたし、むしろ見えないことに隠れた存在感を感じ、卒論研究が進むにつれて段々とフォトニクス(または光エレクトロニクスとも呼ばれる)の小さな巨人、半導体レーザの偉大さに気付きました。

図1 半導体レーザの電流と光



前置きが長くなりましたが、半導体レーザは文字通り半導体材料によりダイオードが形成され、順方向電流を流すことによりレーザ光を発する光デバイスです。その大きさは砂粒ほどと呼ばれるように1ミリ角以下ですが光出力は数mW以上あり、十分100km程度の光ファイバ伝送が可能であり、さらにレーザポインタ、光ディスク、レーザプリンタ、光学式マウス、レーザ加工など応用は枚挙に暇がありません。

半導体レーザをフォトニクス分野での小さな巨人と呼ぶ理由は、小型に加えて低消費電力、群を抜く高効率であることから産業的にその応用が広いこと、そしてフォトニクスに関する重要な学術的要素が満載だからです。半導体レーザを学べばフォトニクスのかなりの部分を学んだと言っても過言で無いと思います。まず半導体の誘電体としての性質を学ぶことになります。誘電体は材料を構成する原子を取り巻く電子雲が入射光に応答して偏移する分極を発生させる材料ですが、電磁気学で学ぶ入射電界に対する応答係数である電気感受率は複素数で表され、実部はいわゆる屈折率、虚部は吸収係数に関係します。次にその屈折率を用いて光導波路を学びます。光導波路は光を効果的に導いたり操作する上で不可欠な要素です。良く知られている光導波路は、高度情報ネットワークの伝送路としてワイヤレスと並んで支えている光ファイバですが、半導体レーザも効率的に光を発生させたり、低損失で光ファイバと光接続させるために導波路構造が設けられています。次に電子工学または半導体工学として半導体の性質を学びます。不純物導入によるp型及びn型半導体をダブルヘテロ接合させてダイオードを形成し、電流を流して電子と正孔を注入し、それらの再結合で光が発生します。電流を流す仕組みは回路理論や電子回路で学びますが、その発光現象は前述の電気感受率の虚部と関係し、吸収係数の符号が反転して光増幅の概念に対応します。そしてその増幅される発光現象は誘導放出と呼ばれ、量子光学にも通じ、発生した光の振る舞いについて光学を学びます。すなわち光共振器により誘導放出光が定在波を形成し、位相が揃ったコヒーレントな波動であるレーザ光が回折理論に沿って半導体レーザから放出されます。また半導体工学や共振器形成に関しては結晶工学や半導体プロセスの知識も必要です。そして、放出したレーザ光を応用するために、光ファイバ通信やネットワークシステム、光機器、情報工学、さらに社会科学、科学技術産業論など学ぶことが沢山あります。量子通信、量子コンピューティング、人工知能などもフォトニクスと大きな関係があります。

図2 半導体レーザの発振と放射



皆さんも、ぜひ学びの中で驚きやショックを受けて頂きたいと思います。きっと将来の道に繋がる出会いになることと思います。そして半導体レーザのファンが一人でも多くなることを期待しています。

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