2020年度文化功労者に基幹理工学部応用数理学科の大石進一(おおいし・しんいち)教授が選ばれました。精度保証付き計算法という画期的な数値計算法を確立した大石先生に、これまでの研究人生の振り返りと、今後の展望、早稲田の学生に期待することなどをテーマに、インタビューを行いました。

コンピュータの基礎を築いた
2人の天才へのアンチテーゼ「数値計算誤差の把握は難しい」

Q.大石先生のこれまでの研究について教えてください。

コンピュータによる数値計算の誤差を完全に把握する「精度保証付き数値計算」について30年研究を続けてきました。コンピュータの基礎を築いたジョン・フォン・ノイマンとアラン・チューニングというエニグマ暗号を解読した2人の天才が、1950年代に数値計算の誤差は厳密に把握することはとても困難であるという論文を発表しました。
それにより、数値計算では「誤差を把握するのは困難」という考え方が普通になったのです。
じつは、スーパーコンピュータでも計算は速いけれど厳密な計算誤差は把握できていないことが多いです。精度保証付き数値計算はそのようなカルチャーに対するアンチテーゼと言えます。
このように、数値計算の厳密な誤差を計算しないのでは正確性に問題があることは明らかでしたが、この天才二人が難しいとした問題に取り組むのは大変なことでした。精度保証付き数値計算の分野はこの領域を研究するものですが、その発端から70年たった今日、大きなブレークスルーを何度も達成し、ようやく「精度保証付き数値計算」は、数学と計算科学を含む諸科学全体に大きな影響を与えるようになりました。

天才が現れソリトンは花園から荒野へ
「違う世界へ行くことを決意」

Q.精度保証付き数値計算の研究を始めるまでについて聞かせて下さい。

高校は早稲田大学高等学院に進学しました。受験勉強をしない代わりに、自分の好きな勉強を追及しました。例えば数学は大学数学の関数解析などの内容をやってみたり、物理では素粒子論に胸をときめかしたりしていました。漢詩やドイツ語に凝っていた時期もありました。文学にも数学にも科学にも夢中でした。
その後、理工学部の電子通信学科(情報理工、情報通信へ展開)に進学します。大学では授業以外の時間は全て自分がやりたい勉強をやっていました。量子力学に凝っていたので、量子効果を使った通信に関する卒業論文を書こうと思ったのですが、1975年当時にはまだそのような分野の研究が始まっていませんでした。そこで、夢中になって読んでいた岩波講座「現代物理学の基礎」で知った量子力学の逆散乱問題を使って解けるソリトンをテーマにしようと思ったのです。ソリトンは非線形波動のモデルで、非線形数学という先端数学の対象の1つでした。当時、電子通信学科で数理的な研究をされていた堀内和夫先生の指導を仰ぎました。そして、堀内研究室にゼミで出入りされていたソリトンの研究者である東京教育大(現・筑波大)の小寺武康先生から戸田セミナーに出ないかと言われ、当時最先端のソリトン研究セミナーに参加することにもなりました。
大学院修士1年の時には「ある形の双線形方程式は全て2ソリトン解を持つ」という結果を得ました.その後、それを拡張してフレッドホルム行列式の形の一般化ソリトン解を求めると同時に、この解を双線形方程式がもてば初期値問題が解けることを発見しました。この結果は適用範囲が広く博士2年生の時には毎月のように論文をまとめることができました。博士課程在学中に全部で8編の論文をたて続けに出版できました。多くは、日本物理学会のJournal of Physical Society of Japanに掲載され、世界中からリプリントの要求の葉書が届きました。
そんな折に非常に尊敬していた数学者の佐藤幹夫先生が、ソリトン研究に取り組み始めて無限次元リー環論でソリトン方程式を分類できることを示されました。これにより、博士終了後に書こうと思っていた多数の論文の構想が証明されてしまいました。特に、佐藤理論の枠外に出ることは難しく感じられ、論文は書ける自信はありましたが、画期的な論文が書けるかどうかはわからなくなってしまいました。
そこで、違う分野の研究に着手することを決意しました。次の研究領域は、佐藤先生が研究したくないと思われるような分野にしようと思いました。そんな思いでさまざまな研究対象を検討していたところに、計算機で不動点を求めることによって非線形方程式を解くという分野があることを知りました。この方法で厳密解を求めることを考えていたところ、1990年に精度保証付き数値計算に関するサーベイが発表されて「これだ!」と思いました。数値計算の誤差を完全に把握して非線形方程式の厳密解を求めるという計算機援用証明の分野でした。代数の理論では解けないこともポイントでした。
理論も面白いですし、何しろ数値計算の誤差を完全に把握するという観点から数値計算理論を全て書き直すという地道な作業も必要なことがわかりました。等式で一気に攻めるのではなく、不等式で解を下と上から包み込み、数値計算の誤差も現代コンピュータのアーキテクチャに照らして効率的に押さえ込んでいく分野なので一夜で研究が進展するような分野ではないと直感的に判断したのですが、まさにその通りでした。ソリトンの研究のような代数で一気に進む分野ではなく、地道な作業も非常に多いジグザグ道を行ったからこそ、数値計算の誤差を完全に把握するという観点から数値計算論を全て書き直すというような壮大な研究計画を実行できたのだと思います。

「方程式が次々と解けるのが楽しい」
まだまだロマンを追いかける

Q.今後の展望についてどのように考えていますか。

今は非線形微分方程式に遅延の効果が入った非線形遅延微分方程式に現れる複雑な解の存在を精度保証付き数値計算で証明することに取り組んでいます.例えばダーウィンの「種の起源」には一つだけ図があって、生物の種が枝分かれしていく過程を描いたものなのですが、その図を解とするような非線形遅延微分方程式あると言われています。その複雑な解の存在を証明することは大変難しく、精度保証付き数値計算を用いた計算機援用解析で証明したいと思っています。このように昔ならとても解けなかった方程式が、今では精度保証付き数値計算によりどんどん厳密に解けるようになっていて毎日がとても面白いです。今後もまだまだ多くの研究テーマに取り組んでいきます。

Q.学生へのメッセージをお願いします。

学生には「何を研究したら自分が楽しいのか」ということを考えながら「自分をとことん大切にして」キャンパスライフを過ごしてほしいです。自分が「面白い」あるいは「楽しい」と感じることを追及することは必ず人類に貢献することになるという「信念」を持って道を拓いていってください。もちろん、本当にそうかなという「不安」があるのは当然です。でも、その不安があるからこそ夢が実現した時に大きな喜びが得られるのだと思います。

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