世界をつなぐ光ファイバ
基幹理工学部 情報通信学科 森田逸郎

現代の情報通信社会においてやり取りされるデータは増加の一途をたどっています。光ファイバ通信は、そのような大容量の情報をやりとりする情報通信ネットワークを構築するために不可欠な基盤技術となっています。「光ファイバ」という言葉は聞いたことがあっても、実物を見たことがある人は少ないかもしれません。光ファイバは高純度の石英ガラスでできた髪の毛ほどの細い線であり、その中心部分に屈折の原理を用いて光を閉じ込めることにより、遠くまで信号を送ることができます。

 

低損失な光ファイバを通信に用いることは1966年にチャールズ・カオ氏により提唱され、カオ氏はその功績により2009年にノーベル物理学書を受賞しました。カオ氏の提唱から4年後の1970年に作製された光ファイバの損失は20dB/kmでしたが、現在では、大量生産される商用光ファイバにおいても0.2dB/km以下の損失が得られています。これは、光エネルギーが1/100になる光ファイバの長さが1kmだったものが100km以上まで延びることに相当し、約半世紀の研究開発により光ファイバの損失が大きく低減されたことが分かります。このような低損失な光ファイバは、情報通信ネットワークの中の至る所で用いられており、現在、世界中に敷設された光ファイバの総量は50億km(地球12.5万周分)以上に達すると言われています。

 

光ファイバが用いられている通信システムの中で最も距離が長いものは海底ケーブルです。例えば、日本とアメリカを結ぶ太平洋横断ケーブルの場合、約1万kmの光ファイバが海底を這わせるように敷設されています。太平洋を横断する場合、途中の日本海溝を避けることができないため、できるだけ水深が浅いルートを選択して(それでも水深6000メートルほどになります)通しています。このような海底ケーブルは世界中に張り巡らされており、グローバルな情報通信ネットワークを提供しています。最新の光海底ケーブルでは、1本の光ファイバで伝送できる情報量は20Tbit/s以上まで拡大されており、これは1秒間にブルーレイディスク100枚分のデータを送信できることに相当します。以前は国際間の通信には静止衛星を用いた衛星通信も使われていましたが、現在では莫大な情報量とスピードを確保するため、国際間の通信トラヒックの99%は海底ケーブルによって運ばれています。特に日本のような島国の場合には、必要不可欠な情報通信基盤となっています。

 

海底ケーブルの重要性を再認識する出来事として、2022年1月に発生したトンガ周辺での海底地震について記憶している人も多いのではないでしょうか?島国のトンガは海外との通信の大半を海底ケーブルに頼っていますが、その海底ケーブルが地震により損傷したため、トンガの住民と国外とのコミュニケーションは数日間にわたってほとんど途絶えてしまいました。その結果、政府や救急隊が連絡することも難しくなり、救援や復興にも支障が生じました。通信の一部は衛星通信により1週間程度で再開しましたが、損傷した海底ケーブルの復旧には5週間以上を要しました。日本で発生した2011年の東日本大震災の際にも、多数の海底ケーブルが損傷を受けました。しかし、この時は何本かある太平洋横断ケーブルの内、世代の新しい海底ケーブルは損傷を受けなかったため、国際間の通信の継続が可能でした。海底ケーブルの技術革新のペースはとても早く、世代毎に伝送できる情報量が格段に増加していたため、古い世代の海底ケーブルが使用できなくても、大きな問題は生じなかったのです。仮に新しい世代の海底ケーブルが損傷を受けていた場合、その影響は甚大になっていたと考えられます。現在では、経済安全保障の観点からも海底ケーブルの重要性はますます大きくなっており、総務省から発表されているデジタル田園都市国家インフラ整備計画では、海底ケーブル陸揚局の分散配置や日本周回ケーブルの運用も計画されています。

 

光ファイバ通信は技術革新を繰り返し、急増する通信トラヒックを収容する通信インフラ基盤としてその役割を果たしてきました。今後の情報通信社会でやりとりされるデータはますます増加することが予想されていますが、従来の光ファイバで伝送できる情報量は限界に近づいていることが分かっています。そのため、これまでとは異なる構造の光ファイバの研究開発も精力的に進められており、このような新しい光ファイバへ切り替わるターニングポイントが来るかもしれません。