ダイヤモンドで量子計測
基幹理工学部 電子物理システム学科 谷井 孝至
ダイヤモンドというと、おそらく皆さんは宝石としてのダイヤモンドを思い浮かべるのではないでしょうか。透明でキラキラと光輝く様は優雅で華やかなお祝い事のシーンを彷彿させます。赤・青・黄色といった珍しい色をもつダイヤモンドが一生に一度の贈り物になることもあるのではないでしょうか。
ダイヤモンドが光を反射してキラキラと輝く理由の1つは、ダイヤモンドが高い屈折率を持つことにあります。光がさまざまな向きに反射するようにカットされていることも、その理由の1つです。なぜ屈折率が高いのか、なぜ透明なのか、なぜ固いのか、といったことは、ダイヤモンドが、炭素原子どうしが強く結びついた結晶であることを理解すると説明できるようになります。もう少し詳しく言うと、結晶中で規則正しく並んだ炭素原子の中で、電子にどのような(量子)状態が許されるか、といった問題が解けるようになると、それらが説明できるようになります。また、ほとんどが炭素原子でできているけれど、ダイヤモンド中にほんの少しの不純物(例えば、ホウ素、窒素、ケイ素など)が混入すると、その不純物の種類によってダイヤモンドに色がつくことも説明できるようになります。ダイヤモンドを含めて結晶の性質を理解するには、基礎となる物理や数学の基礎を大学課程で1つ1つ修得していく必要があります。電子物理システム学科には、そのために必要な科目がおおよそ揃っています。
添加した不純物がダイヤモンド中でたった1原子だけ孤立して混入していると、それは量子計算機の素子として機能します。特に窒素を添加した場合にできる窒素-原子空孔色中心(NVセンター)は室温で動作する量子レジスタ(1量子ビットを記憶する記憶素子)として機能することが知られ、今日盛んに研究されています。ダイヤモンドが透明なので、結晶の外側から光でNVセンターの電子スピン状態を読み出すことができ、マイクロ波を照射すると、その照射時間によってNVセンターの電子スピン状態をディジタル信号のように |0⟩ 状態や |1⟩ 状態にしたり、量子計算特有の |0⟩ と |1⟩ の重ね合わせ状態にしたりできます。室温、水溶液中でも電子スピン状態を維持できることは、他の量子計算素子にないNVセンターの特長です。
NVセンターの電子スピン状態は、単結晶ダイヤモンド中の温度、電場、磁場、応力などに非常に敏感で、NVセンターを原子1個分のセンサーとして機能させることもできます。これを応用すると、原子レベルの磁気共鳴画像(MRI)を取得することができる期待されています。ヒトの脳の断層写真を撮影するために、MRIが病院での診断に用いられることはご存じのことでしょう。原子1個分程度の大きさでMRIを実行できるようになると、例えば、タンパク質1分子の断層写真を撮影でき、タンパク質の構造や機能の理解を通して病理診断や創薬に役立つようになる未来が訪れるかもしれません。



