実世界の体験・表現を拡張するメディア・コンテンツテクノロジー

“新聞や雑誌で気になった記事の上にスマートフォンをかざすと関連した動画が流れてくる”、“腕輪型や眼鏡型のデバイスを身につけて生活すると、自分の心身の健康状態や行動履歴が常に記録されて後から振り返ることができる”、“街の中の人工的な建造物の表面がプロジェクターで投影された映像によってダイナミックに彩られる”このような話はもはや夢物語ではなく、2013年現在の私達の日常となりつつあります。情報世界がコンピュータのモニターの中にだけでなく、実世界の様々な状況(コト)・モノ・ヒトと接続されるようになった今、テクロノジーには、それが最新・高スペックであるというだけでなく、それがどのような意味のある体験や表現をもたらすか?そのためにはどのようなコンテンツやインタフェースが適切なのか?という観点まで含めて、総合的に考えることがより求められるようになっています。

このように社会のニーズが複合的になっていく中で、表現工学科が取り組もうとしている課題とは、「科学技術と芸術表現を融合、横断し、それらの相互関係から生まれる新しい表現とは何かを探求し、その意味を問い、インターメディアを創造する」というものです。また、「芸術を理解する科学者と、科学を理解する芸術家という両方の人材が相互乗り入れする形で、表現工学の確立を目指す」という目標を掲げ、これらをバランスよく学べるカリキュラムを用意しています。表現工学科には人間工学・音響/音楽・ロボット・映像表現・メディアデザイン・記号論をはじめ多様な専門を持った教員が集まっていますが、ゆるくまとめると人に何かを伝える手段である“メディア技術”を、実現したい表現や体験まで視野にいれてデザインするという意味で、メディア・コンテンツテクノロジーに携わる人々と言ってもよいかもしれません。

メディア・コンテンツテクノロジーのカバーする領域は極めて広いのですが、ここで最新の研究分野と事例を少しだけご紹介したいと思います。これまで、情報を入出力するためのデジタルメディアの多くは電子的なデバイスで実現されていましたが、人々が直に触れたり目にしたりするところには、慣れ親しんだアナログな素材や実体を持った素材を活用しようとする研究が盛んになっており、Organic User Interfaceや実体ディスプレイと呼ばれています.このような流れの中で、例えば自然な素材の一つとしての“紙”に着目し、紙の上に描いた物理的な手描きスケッチを、コンピュータによる制御を介して、必要な箇所だけ自動消去したり付加情報をあぶり出しのような変色で紙の上に表示・書き込みできる仕組み(Hand-rewriting)の研究を進めています。他にも少し変わった素材として、小さく刻んだ色とりどりの“ドライフルーツ”をピクセルと捉え、その一粒一粒をゼリーの上の任意の場所に自動的にプロットして、食べられるパターンを描きだす仕組み(Fruit Plotter)などを開発しています。このようなメディアをそれが魅力的にみえるコンテンツまで含めてデザインし、様々な公共の場で展示すると共に、そのメディアを使うことで人々のふるまいや気持ちに何かしらの変化が生じるのかといった点に興味を持ち、ユーザスタディを進めています。

以上のように表現工学科の研究では、アイディアの考案からシステムの実装、実際の展示やユーザスタディまで、幅広い能力が要求されますが、それは理系的な緻密さを持ちつつ、物事を総合的に判断し創造できる力を養います。また何よりもアカデミックな探究心と実世界で喜んでもらえる楽しさの両者が満たされる希有な学科といえるかもしれません。学問の境界でフロンティアともいえる領域を自ら探求したいと考える学生さんに、是非いらして頂きたいと考えています。