持続可能な社会に向けた材料プロセス
基幹理工学部 機械科学・航空宇宙学科 荒尾与史彦

◎ 材料生産が二酸化炭素を排出する

 世界的に持続可能な開発目標SDGs(Sustainable Development Goals)が掲げられており、中でも地球温暖化に関わる二酸化炭素排出の問題は、世界で知恵を出し合って解決していかなくてはならない課題です。二酸化炭素の問題として発電、すなわち化石燃料(石炭、石油)の大量消費がよくクローズアップされておりますが、我々の生活に不可欠な材料を生み出す過程でも多くの二酸化炭素が排出されます。意外かもしれませんが、二酸化炭素の全分野の内訳において高いものから順に、ものづくり(鉄鋼、セメント、プラスチック)31%、発電27%、移動(飛行機、トラック等)16%と報告されており[1]、素材をつくる過程で最も二酸化炭素が排出されております。鉄鋼材料では鉄鉱石を還元する際に大量の二酸化炭素を発生します。また建築物に多く使われるセメントは、多量の二酸化炭素を固化している石灰石を焼成することで作製され、その際に大量の二酸化炭素が排出されます。輸送機器の軽量化のために多用されているアルミニウムや炭素繊維は、還元や焼成の際に大電力を消費します。材料を生み出す際に、可能な限り省エネルギーでかつ二酸化炭素を排出しないプロセスや新素材の開発が求められております。

◎ 理想的な材料は?

 以上の流れの中で、「天然資源を低エネルギーのプロセスで最高の材料に変換したい」これが一つの材料開発の目標となります。現存する材料の中で軽量でありかつ高強度、高機能である材料は何か、と突き詰めていきますと炭素繊維やカーボンナノチューブに代表される炭素材料に行き着きます。その中でも「グラフェン」は炭素原子1層のナノシートであり、この材料は天然資源である黒鉛をうまく剥がせば取り出せることができます。黒鉛は鉛筆やシャープペンシルに使われているありふれた材料ですが、うまく1枚の原子シートを取り出して活用できれば、今までにない素晴らしい材料が生み出されるものと期待されております。人間の知恵を振り絞ってグラフェンへ剥離する技術ができれば、ありふれた材料をダイヤモンド並みに価値の高いものへ昇華させることができます。

◎ グラフェンの低エネルギー量産化の挑戦

 グラフェンシートはシート同士が弱いファンデルワールス力によって引き付け合い、層状構造の黒鉛となっております。弱い力だから簡単にシートを引きはがせますが、これを原子層レベルまで薄く引き剥がすことは困難であり、また引きはがしたとしてもファンデルワールス力によって再積層するといった問題点があります。黒鉛をグラフェンに低エネルギーで変換する技術は、持続可能な材料開発の観点からも間違いなく重要な研究トピックとなっており、日々新しい手法が報告されております。しかしながら、グラフェン品質と低エネルギー、低コストを両立させる方法はまだ確立されておらず、それゆえ皆さんの周りにもグラフェンで作られた製品は未だ出てきていないのが現状です。ファンデルワールス力に打ち勝ち、再凝集を防ぎつつグラフェンを取り出し、それを応用する道筋を見つけることはとても困難です。しかしながら、困難であるからこそ一連のプロセスが確立された際に大きなインパクトを生み出します。
酸化されたガス化した炭素(CO2)は地球温暖化を引き起こす一因となっておりますが、固化された強固な炭素は、地球を救う材料になるかもしれません。

[1] Bill Gates, How to avoid climate disaster, 2021