光より速く伝える
(電子物理システム学科 川西 哲也)

「ひかり」という言葉から何を思い浮かべますか?明るさでしょうか、それとも温かさでしょうか?物理学や通信工学に詳しい方ならば「速さ」を思い浮かべられる方もおいででしょう。物理的に光より速く伝わるものはありません。また、光の速さはどこの誰から見ても変わりません。これが有名なアインシュタインによる相対性理論の基本となるもので、光速不変の原理と呼ばれています。この変化することのない光の速度(光速)はどのくらい速いのでしょうか。

一秒間に地球を七周半回るスピードであるという説明は聞かれたことがあるのではないでしょうか。ほぼ30万キロメートルです。地球一周が4万キロメートルであるので、その7.5倍でちょうど30万キロメートルと、非常にきりがいい数字です。この数字のきりの良さは偶然でしょうか。答えは半分偶然で、半分は必然です。地球一周が4万キロメートルであるのは長さや重さの測定の基準となるメートル法が策定された当時の定義によります。赤道から北極までの距離を1万キロメートルとなるように取り決められたためです。地球一周はその4倍の4万キロメートルとなりますが、その7.5倍が一秒に光が進む距離であるというのは偶然です。定義された値と偶然が組み合わさって30万キロメートルがでてきます。

測定技術が進歩した結果、実際の地球は真円ではなく長さの基準に適していないことがわかってきました。現在、長さの基準は光速がもとになっています。1メートルは光が真空中で299 792 458分の1秒に進む距離と定義されています。この299 792 458は30万キロメートルをメートル換算した値にほぼ一致しています。この新しい考え方に従うと、地球一周の距離は光が1秒を7.5で割った時間の間に進む距離と言い方になります。メートル法は、国際単位系へと発展し、重さや電気量などあらゆる物理量を網羅しています。国際単位系はSI単位系ともよばれています。SIはLa Système International d’unitésの略です。メートル法がフランスで生まれたことを反映しているのでしょう。2018年にこのSI単位系は130年ぶりといわれる大改訂を受けました。これまでの電磁気学の教科書での説明を書き換える必要があるほどのものです[1]。

このように長さの基準にもなっている光ですが本当に速いのでしょうか?身近な情報通信機器の動作速度と比べてみましょう。最近、目にするようになったケーブルUSB3.1では10ギガビット毎秒(Gb/s)の高速データ伝送が可能です。光が地球を一周するのにかかる時間(0.133秒)の間に167MBのデータのやり取りが済んでしまいます。ゲームをやる人はフレームレートとよばれる動画を一秒に何枚表示するかという数字が気になると思います。60フレーム毎秒の場合、光が地球を一周する間に8フレーム分の遅れが発生します。つまり、地球の裏側の人とオンラインゲームをすると、いくら情報通信技術が進歩しても、相対性理論による光速不変の原理がある限り、この遅れをなくすことはできません。地球の大きさからみても光はそれほど速くないといえるでしょう。ゲームが得意な人でしたら、地球の裏側からくる光の遅さにイライラすることでしょう。宇宙の果てからくる光が我々に届くまでの時間が、宇宙誕生からの時間に匹敵することからも地球、太陽系、さらには宇宙の大きさに比べて、いかに光速が遅いかがわかると思います。

このような光が伝わることによって起きる遅れは遅延と呼ばれていて情報通信システムのいろいろな面に影響を与えています。例えば、証券取引などで高速の自動取引が使われていますが、取引所の近くにサーバーを設置しないと、大きな遅延でライバルに先を越されることになります。しかし、取引所は様々なところにあるので、これらを結ぶネットワークをいかに速くするかが課題になります。光速不変の原理は真空中の光速についての限界を示すものです。現在の大容量通信を支えているのは光ファイバです。光ファイバの屈折率は約1.5で、光速は1/1.5となり、遅延は1.5倍になってしまいます。データを光ファイバではなく、空中を飛ばす、つまり、無線技術を使えば遅延をへらすことができるはずです。マイクロ波を使ったデータ回線で商品市場のあるシカゴと金融市場のあるニューヨークを結ぶといったシステムがあります。これを使えば、光ファイバを使っている人よりも先に注文を出すことができます[2]。ただし、遅延は小さくなるものの、大量のデータを送るのには適していないという問題があります。これに対して、無線と光ファイバを組み合わせたようなシステムも提案されています[3]。普段は光ファイバを使って通信しますが、市場に大きな変化があった時に、無線信号で先回りして、発注を取り消すことができます。



光速のことを英語では”the speed of light”と呼びますが、目に見える光だけではなく、電波を含むすべての電磁波に適用できる理論です。正確にいうと電磁波の速度とよぶべきでしょう。アインシュタインはあえて”the speed of light”と名付けたのかもしれません。”speed”も”light”といった前向きで明るく、そしてわかりやすい言葉で基本原理を表したかったのでしょうか。条件によっては、ここで述べた例のように光が電波に追い越されることが起きます。このように、目的に応じて、多種多様な伝送媒体(光や電波)を組み合わせたネットワークを作っていく必要があります。今話題の第5世代携帯電話システム(5G)を使って、自動運転やロボットの制御を目指した研究がされています。このような安全にかかわるシステムでは遅延の低減が必要です。5Gではこれまでのシステムよりも低遅延のデータ通信ができるように工夫されていますが、光が伝わるために発生する遅延はどうすることもできません。この問題を解決するために、大型のデータセンタだけではなく、身近なところに小型のサーバ(エッジーサーバとよばれる)を設けて、高速性が必要な処理に関しては近いところで処理するという構成が検討されています。人間が熱いものに触れたときに大脳にまで伝えずに腕を引くいわゆる脊髄反射と同じようなメカニズムといえると思います。

最後にゲームの話に戻りたいと思います。ゲームが得意な人の指先は画面を見て瞬間的に動いているように見えます。数フレームの遅れも気になるほどの反射神経の持ち主もいるでしょう。しかし、人間の体の中を通る神経信号にも遅延があります。一般的な人間の反応速度は0.1秒程度といわれています※。つまり、指で操作する0.1秒ほど前に脳ではその指令が出ていることになります。脳から指先まで信号が伝わるのに要する時間と、光が地球をめぐるのにかかる時間がほぼ同程度であるのは偶然でしょうか。脳で発生した信号を先取りして、情報通信システムに接続することができたとすると、地球の裏側の人ともリアルタイムにやり取りができるようになるかもしれません[3]。信号が伝わる時間とそのシステムの大きさの関係を考えると、いろいろと興味深い側面が見えてきそうです。直接関係があるかどうかはわかりませんが、ゾウとネズミの時間の話を思い出しました[4]。

※一般に脳における情報処理を含んだ反応速度は0.2秒程度といわれています。ここではその半分が情報伝送に費やされていると仮定しています。



物理の基本原理をベースにして大きなシステムについて考えてみるのは楽しいです。光がもっと速ければ困ることはないのでしょうか?レーダはどんな原理で動いているんだろうかなどぜひ考えてみてください。実は光が速すぎるとレーダを作るのが難しくなってしまいます。

[1] 新SI単位と電磁気学、佐藤文隆、北野正雄、岩波書店 2018年
[2] T. Kawanishi, Transparent Waveform Transfer for Resilient and Low-latency links, IEEE Photonics Society Newsletter, pp. 4-8, August 2014
[3] T. Kawanishi, A. Kanno, Y. Yoshida and K.-I. Kitayama, Impact of wave propagation delay on latency in optical communication systems, Proc. SPIE 8646, Optical Metro Networks and Short-Haul Systems V, 86460C (5 February 2013); https://doi.org/10.1117/12.1000190
[4] ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学、本川達夫、中公新書 1992年