数える楽しみと対称性の数学
基幹理工学部 数学科 池田岳

さまざまな図形を研究するのが幾何学という学問です.私の研究では,条件を満たす図形の個数を数えるというとても素朴な問題を扱っています.図1を見ると,複雑な曲面の中にいくつかの直線が含まれているのが見えるでしょう.3次式によって定まる曲面という意味で「3次曲面」と呼ばれるものの一つです.一般の3次曲面にはちょうど 27 本の直線が含まれていることが知られています(正確には複素3次元射影空間において3次曲面を考える).このように,図形(この問題では直線)の個数を数えるという問題を扱う幾何学の一分野を「数え上げ幾何学」と呼んでいます.もう少し広く,図形の集まりを一つの幾何学的な対象として扱うことをモジュライの幾何学と呼びます.数え上げの問題は 0 次元のモジュライを扱っていることになります.

Q:なぜ 0 次元を扱うのですか?
A:理由はいくつも挙げられます.一つには,結果がものの個数,つまり自然数なので,わかりやすくて面白いのです.図2のように,まるでパズルのような組合せ的な対象の個数と,数え上げ幾何学の答えが一致することがよく起こります.人間が理解できる重要な量は煎じ詰めればただの自然数ということはよくあります.自然数だからといって簡単というわけではないです.また,自然数を得る過程において,高次元のモジュライを駆使しますので,0 次元だけを扱っているわけではありません.

Q:どんな方法を使うのですか?
A:代数幾何学における交叉理論やトポロジーが基礎にあります.私がよく用いるのは特殊多項式の理論です.19世紀に数え上げ幾何学が盛んに研究され始めた頃から,代数的な手法は用いられます.図形が満たす条件を代数的なシンボルとして扱って,答えを導きます.幾何学の問題が代数学に置き換わるところが面白いところです.

Q:特殊多項式とはなんですか?
A:多項式は知ってますよね.高校では整式と呼んでいます.一般には多変数の多項式を扱います.「特殊」というのは「とても個性的で性質が良い」というニュアンスです.代表例はシューア多項式と呼ばれる,多変数多項式の族です.さまざまな表示が可能で,互いの関係が具体的な公式によってよくわかる場合が多いです.さまざまな幾何学的な条件がそれと対応する特殊多項式によって見事に表されるのです.特殊多項式は表現論にも関係しています.

Q:表現論というのはなんですか?
A:自然科学において対称性の解明を目指すとき,線型表現の問題が重要になります.大ざっぱに言えば,線型代数学の拡張です.数学では対称性を「群」という抽象的な構造として理解します.「群」が自然界や数学の世界において行列の形で立ち現れてくる.これを線型表現といいます.上で述べた特殊多項式は表現の解明に用いられる「指標」という関数として解釈できることがあります.

Q:表現論を学ぶにはどうすればいいですか?
A:まずは線型代数学をしっかり勉強することです.数学科の2年生には「ベクトル空間と幾何」という講義で,線型代数の続編として表現論の入門を講義しています.来春にはこの講義内容をもとにした本「テンソル代数と表現論」を出版する予定です.

Q:数え上げ幾何学と表現論が関係するのはなぜですか?
A:どちらも群と深く結びついていますので,関係するのは自然ではあります.しかし,表面的な関係だけではなく,もっともっと深いところで繋がっていることが,ここ数年の研究の発展で徐々にわかっていました.さらにこの先の10年くらいで「数え上げ幾何学」がもっと面白くなるんではないかと思います.