身近にある数学 (数学科 永井 保成)

遊歩道のタイル張り―同じパターンがずっと繰り返されているような歩道をよく見かけます。整然としたパターンは公共の空間にふさわしい印象を与えますよね。歩道だけでなく、タイルやブロックで埋め尽くしていく繰り返しのパターンには様々なものがありますが、その歴史は非常に長く、とても技巧的かつ装飾的なものも知られています。そのようなもののひとつとして世界的に有名なのは、アルハンブラ宮殿のタイル張りパターンでしょう(写真)。このようなパターンはどのようにして作られるのでしょうか。13世紀頃のナスル朝のタイル張り職人がこのパターンを作り上げた実際の手順を筆者は知らないのですが、このパターンは決して即興的に作られたものではなく、非常に入念に計画されたものであることは明らかです。

アルハンブラ宮殿のタイル張りパターン by Dmharvey


この整然としたパターンを特徴づけているのはなんでしょうか。それはこのパターンが内包している対称性です。ユークリッド幾何では、ある点のまわりの回転、ある直線に関する折返しと平行移動が、与えられた三角形をそれと合同な三角形にうつすことは学校でも習うことですが、平面上の任意の三角形をそれと合同な三角形に移す変換はこの3種類の組み合わせで必ずかけることが簡単にわかります。これを平面の合同変換と呼びます。写真のタイルのパターンをそれ自身にうつすような合同変換としてどのようなものがあるでしょうか。平行移動や120°の回転などが明らかに目に見えてきます。このタイル張りの整然とした印象は、パターンが持つ幾何学的な対称性に由来しているということができます。

このようにタイル張りパターンをそれ自身にうつすような合同変換の全体は、大学で習う数学の言葉で言えば群(group)という対象をなしており、特に平面結晶群 (plane crystallographic group) と呼ばれます。おなじ平面結晶群を対称性として持つパターンは、デザインの違いはあっても、本質的には同じパターンとみなすことができ、逆に、互いに異なる平面結晶群に属するパターンは異なるパターンとして認識できます。それでは、タイル張りを実現するような平面結晶群はどれぐらいあるでしょうか。実は、平面結晶群は全部で17種類に分類できることが知られています。特に、正5角形(72°回転)を含むようなパターンは存在しないことが簡単にわかります。これらのことは、大学の1〜2年で習う線形代数と簡単な代数学の知識があればだれでも示すことができます。

同様の「埋め尽くし問題」は3次元の空間でも考えることができます。自然界にある結晶体は、原子や分子がある種の繰り返しパターンでもって空間を埋め尽くすような配列によって構成されていますので、タイル張り問題の空間バージョンにほかなりません。空間の結晶群は平面結晶群に比べると分析・分類が複雑になりますが、基本的には線形代数とあまり難しくない群論によって分類が可能で、230種類の対称性に分類されることが知られています(そのすべてが実際に存在する結晶で実現されるわけではないようですが)。

これらの結晶群に関する話題は、時間的な制約もあって、大学の講義で時間をとって取り上げられることは残念ながら少ないように思いますが、大学の数学科で学ぶ数学が身近な、目に見える素材に直接的に結びついている良い例の一つだといえます。すべての抽象的な数学にはそれを考える動機があり、その動機というのは意外に身近なものであったり、具体的な現実的な問題に立脚している場合がしばしばであるということは、私達が数学と付き合っていく上で心に留めるべき事実かもしれませんね。