流体力学のカオス的性質を踏まえた宇宙の活用
(機械科学・航空学科  手塚 亜聖)

・コンピュータの計算速度の進化とともに発展したシミュレーション技術

流体力学の支配方程式として知られるNavier-Stokes方程式は,時間発展型の2階非線形偏微分方程式ですが,解析解が得られているのは,Couette流やPoiseuille流のような比較的単純な流れ場に対してのみであります.そこで,解析解を得ることが困難な問題に対して,コンピュータを用いて数値的に解くシミュレーション技術が発展しました.

流体力学の支配方程式を数値的に解く数値流体力学では,計算空間を立方体や三角錐のような形状に細かく区切り,その格子の中心や頂点に物理量を置いた計算が一般的に行われています.コンピュータの計算速度に関しては,「Mooreの法則」が有名ですが,1965年にMooreが発表した後,予測通りに指数関数的に伸び続けました.数値流体力学で扱われる格子のサイズもコンピュータの進化とともに小さくなり,より複雑な計算が可能となりました.

このようなシミュレーション技術の進歩により,初期値・境界値を適切に与えることができれば,私たちの未来を完全に予測することが可能になるのでは,と期待されますが,実際は不可能と言われています.なぜでしょうか.

・長期予報を原理的に不可能にするカオスの存在

気象学者のLorenzは,気象モデルのシミュレーションが,初期値のわずかな違いで,大きく異なることに気づきました.1963年には,Lorenz方程式と呼ばれる3変数の時間発展方程式を,気象モデルをシンプルにすることで導出して発表しています.初期値鋭敏性と言われるように,このモデルでは,初期値の微小な違いが増幅し指数関数的に誤差が拡大していきます.初期値を無限桁の精度で正確に与えることは不可能であることから,長期予報は原理的に不可能であることが示されました.

しかし,原理的に不可能というものの,シミュレーション技術の進歩による成果を活用する術を,何とかして見出したいですね.気象庁が1週間先までの天気図を予想したプロダクトとして,週間アンサンブル予想図(FEFE19)があり,気象情報を扱うWebサイトで閲覧することができます.カオス的性質を持つことから,初期値に摂動を与えたアンサンブルメンバーの数値予報を統計的に処理して作成されています.

1週間後の天気が気になる場合は,1回だけの確認で済ませずに毎日確認するのが良いでしょう.なぜなら,日を追うごとに不確かさが小さくなり,精度が上がっていくからです.

・航空運航への宇宙からのデータ活用

宇宙飛行士のように宇宙に行かない限り,宇宙から地球を見ることができませんが,映像としてなら,誰でもいつでも見ることができます.(厳密には,Webサイトに接続することが条件となりますが,本サイトを閲覧できる状況なら問題ないでしょう).2015年7月から運用を開始した気象衛星ひまわり8号では,10分に1回の頻度で全球の撮影を行っており,日本周辺域に対しては,2.5分間隔で撮影を行っています.

航空運航に不可欠な気象情報に対して,カオス的性質を持つことを考慮すると,シミュレーションによる予報値に加えて,なるべく直近の観測データを活用することが精度を高めることになります.高い高度まで発達する対流雲は,乱気流の原因の1つとして知られていますが,地上から見ると低い高度の雲に遮られる雲も,宇宙からなら容易に観測することが可能です.気象衛星による観測データをリアルタイムに近い状況で活用できるようになることで,より快適な空の旅が実現できるでしょう.