スマートフォンに詰め込まれた思想と技術

コミュニケーションツールとしての思想

コミュニケーションは、人と人との間で情報が伝授され理解されることをいいます。理想的には、いつでも、どこでも、だれとでも、高品質で、簡単に、好きなやり方でつながることが望まれます。スマートフォンはこれらの要求条件をほぼ満たしている情報通信機器であると言えます。スマートフォンは携帯電話機能よりも小型モバイルPCとしての性格の方が強くなっています。しかし、当初の携帯電話の目標である、「いつでも、どこでも、だれとでも」という思想はそのまま受け継いでいます。

「いつでも」の観点からは、放送のような一方的な情報伝達ではなく、必要になった時にいつでも情報を手にいれることができます。「どこでも」の観点からは、通信機材のある場所にしばられないとう当たり前となった体にフィットした状態での使用を可能にしています。「だれとでも」の観点では現在、ほぼすべての人がモバイルコミュニケーション機器をもっているため、個人を特定するアドレスなどの情報を事前に手に入れておけば情報のやりとりが可能です。ただし、アドレスがなくても、検索エンジンの進化により、キーワードを入力して、コンタクトすべき相手の情報を調べることができます。さらに、通信速度の高速化・大容量化により、高品質の画像や音声、音響信号を伝えることができています。スマートフォンはPCと同様に、OSが搭載されプログラムの動作によって多くの機能が実現されます。PCではソフトウェアを注意して特定のフォルダにインストールするような作業が必要です。しかし、スマートフォンでは、OSに応じたアプリをダウンロートするだけで簡単に動作させることができます。アプリを提供するサイトには、目的別に多くのアプリが並べられています。好みのタイプのアプリで選ぶことができます。

スマートフォンの実現に必要な技術

スマートフォンの電子部品には、プロセッサ、フラッシュメモリ、DRAM、電源制御IC、タッチパネル機能付き液晶パネル、通信処理LSI、送受信IC、電力増幅器、アンテナ、加速度センサ、音声映像符号化IC、電池、などがあります。これらの部品内では信号やプログラムによってその動作が決められます。

動作原理の元となる技術には、電子回路技術、無線通信技術、ネットワーク技術、マルチメディア処理技術、アプリケーションプログラム、ヒューマンインタフェースなどがあります。一般的なユーザが目に見える部分は、アプリとメモリと充電バッテリ程度ですが、それは氷山の一角であり、大部分は目に見えない部分で動作しています。電子回路や無線通信などは、プロセッサやメモリなどのハード・ウェアに直結した技術です。通信処理LSIや送受信ICでは、データリンクの接続手順に従って通信処理がなされます。さらにネットワークプロトコルに従ってインターネットに接続されます。インターネットに接続された状態で、特定の形式にまとめられたデータをパケットとして送受信します。特に、マルチメディアを送受するためのプロトコルがサーバとの間で用いられます。また不特定多数の機器との接続により、安全性が脅かされる可能性もあります。そのためセキュリティ技術も重要な項目です。アイコン化されたアプリの動作は使いやすヒューマンインタフェースであることが大切です。ビデオや音楽といったマルチメディアは、スマートフォンにとって人気のあるコンテンツです。





このように、スマートフォンには、物理レイヤからアプリケーションレイヤまで、多層にわたる技術が詰め込まれています。情報通信学科はまさに、この物理レイヤからネットワークレイヤを経てアプリケーションレイヤに至る様々な技術の元となる基礎知識を獲得する学科です。今後、プロセッサの性能はさらに向上し、深層学習を利用した新しいアプリケーションが出現してくると考えられます。皆さんも私達と一緒に、次世代のコミュニケーションツールやサービスを作り出してみませんか?

集合知の数理 (基幹理工学部 情報理工学科 内田 真人)

沈没して消息不明となった潜水艦の位置をわずかな手掛かりから予想する場合、スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故の直後にその原因企業を特定する場合、未公開映画の興行成績を予想する場合などにおいて、集団の判断が個人の判断よりも正確であったという数多くの事例が知られています[1]。集団が持つこのような能力は「集合知」と呼ばれています。学校でのテストの直後に友達同士で答え合わせをして、一喜一憂した経験を持つ読者も多いでしょう。先生が正解を示す前であっても、友達同士で答え合わせをするだけで、自分の成績がほぼ正確に予測できてしまう。これも集合知の一例です。その他にも、インターネットを通じて、不特定多数の人材に仕事を発注したり募集したりするビジネス形態であるクラウドソーシングも集合知の一例であるといえるでしょう。このように、集合知の事例は身の回りに溢れています。

一方、機械学習の分野では、集合知に類似した特徴を持つ“アンサンブル学習”と呼ばれる学習手法が知られています(下図参照)。アンサンブル学習とは、複数の予測器(以下、要素予測器)を集約して生成された予測器(以下、混合予測器)を最終的な意思決定や問題解決のために利用するということを特徴とした機械学習の手法の総称です。ところが、アンサンブル学習に関する従来研究における典型的な問題設定と、上記の集合知の事例には根本的な相違点があります。それは、集合知の事例においては、個人の判断を集団の判断へと集約する際に、集約結果の良し悪しを評価するための外部的な参考情報が事前には与えられていないという点です。このことは、混合予測器を生成する際に、入力(問題)とそれに対する出力(正解)のペアからなる教師ありデータを利用することができるというアンサンブル学習に関する従来研究における暗黙の仮定が、集合知の事例では満足されない(あるいは、満足されにくい)ということを意味します。しかし、集合知の事例から示唆されるように、教師ありデータが与えられていない場合であっても、複数の要素予測器を集約して混合予測器を生成するというアンサンブル学習の基本戦略そのものは有効です。つまり、“教師なしデータ(答えが分からない問題)”が与えられたときに、その問題に対して何らかの予測を行う能力を持つ複数の要素予測器が利用可能であるならば、それらの要素予測器を適切に集約することで、より良い予測を行う能力を持った混合予測器を生成できる可能性があります。しかし、このことは“教師ありデータ”の利用を前提とした従来研究の手法では原理的に不可能となります。

著者は、このような場面においても実行可能な、教師なしデータを利用したアンサンブル学習である“教師なしアンサンブル学習”について研究しています[2、3]。具体的には、各要素予測器を集約する際の重みパラメータを教師なしデータから推定する手法を提案し、その数理的なアルゴリズム構造を指数型混合形式の確率モデルとカルバック-ダイバージェンスと呼ばれる情報量を用いて特徴付けています。また、この提案アルゴリズムに基づいて各要素予測器を集約することが合理的な戦略となるための必要条件を明らかにしています。さらに、各要素予測器を平等に集約すること(すなわち単純平均すること)が合理的な戦略となるための必要条件も明らかにしています。

集合知の活用はこれからのネット社会において大きな役割を果たしますでしょう。しかし、集合知は必ずしも万能ではないということには注意しなくてはなりません。教師なしアンサンブル学習に関する研究は、集合知が有効に機能する条件や限界を理解し、集合知の活用の幅を広げる上で重要です。

[1] ジェームズ・スロウィッキー【「みんなの意見」は案外正しい 】角川書店  2006
[2] M. Uchida, Y. Maehara, and H. Shioya, “Unsupervised Weight Parameter Estimation Method for Ensemble Learning,” Journal of Mathematical Modelling and Algorithms, Volume 10, Number 4, pp.307-322, Dec. 2011.
[3] M. Uchida, “Unsupervised Weight Parameter Estimation for Exponential Mixture Distribution based on Symmetric Kullback-Leibler Divergence,” IEICE Transactions on Fundamentals of Electronics, Communications and Computer Sciences, Vol.E98-A, No.11, pp.2349-2353, Nov. 2015.

マイクロ流体白色有機EL(電子物理システム学科 庄子 習一研究室)

有機ELは面発光や広視野角、フレキシブル性等の特徴を持つことからディスプレイや照明の幅を広げるものとして注目されている。2009年に九州大学で液体発光材料を発光層として用いた液体有機ELが初めて報告された。これにより、従来の固体有機ELでは難しかったクラックフリーなフレキシブルディスプレイの実現の道が開かれた。しかし、当初の液体有機ELは発光層となる液体有機半導体を透明電極付きの2枚のガラス基板間に導入する単純なものであった。そのため、ディスプレイで重要な異なる種類の発光層を集積化することが不可能で、またデバイス自体の屈曲ができないという課題があった。

我々の研究室では、以前からマイクロメータスケールの流路内の液体を制御し活用するマイクロフルィディクスエンジニアリング(マイクロ流体工学)の研究を続けてきた。早稲田大学ナノテクノロジー研究所にある設備を用い、Micro ElectroMechanical System(MEMS)技術およびナノテクノロジーを応用しデバイスの作製を行っている。従来のマイクロ流体工学では、主に化学・生化学および医療への応用を目的としたものであった。これまでに、我々は、短時間で分析が可能なMEMS液体クロマトグラフィチップやDNA、タンパクおよび細胞の操作・分析を行うマイクロ流体デバイス・システムを開発した。これらのマイクロ流体工学の基礎技術をもとに、5年ほど前から、光デバイスへの応用することを始めている。具体的には、異なる種類の液体有機半導体を流す流路を形成することで、発光層の集積化を可能としたマイクロ流体デバイス(マイクロ流体有機EL)を開発した。また、液体の流動性を活かした曲げに強いフレキシブルなマイクロ流体有機EL作製や、ピレン誘導体の液体有機半導体に微小量のゲスト固体有機発光材料を添加することによるオンデマンドなマルチカラー液体有機ELを開発してきた。

上述のマイクロ流体有機ELの成果を発展させて、複数の液体発光材料を微細マイクロ流路に導入し集積化マイクロ流体白色有機ELを提案した。MEMSプロセスと自己組織化膜を用いた異種材料接合技術によって幅が60 µm程のマイクロ流路をストライプ状に並べた構造を持つデバイスを作製した。

マイクロ流体白色有機ELデバイスの構造



その流路の上下にITO電極を形成して電極間距離を10 µm以下とした。この並列に配列されたマイクロ流路に交互に青緑色と黄色の発光材料を導入した。青緑色の液体発光材料はピレン誘導体の液体有機半導体PLQ(日産化学(株)製)を用い、黄色の液体発光材料はPLQを液体ホスト材料に固体ゲスト発光材料を添加したものを用いた。電圧印加により青緑色と黄色発光材料を同時に電界発光させることで、可視光領域を幅広くカバーする白色発光が可能となった。

マイクロ流体白色有機ELデバイスの発光特性



マイクロ流体白色有機ELは自在に形状が変形できる液体材料を用いることにより、従来の固体有機半導体薄膜を用いた有機ELデバイスとは異なる特徴を有する真のフレキシブルなディスプレイや照明への応用が可能である。また、発光層がマイクロ流路へ液体を注入するだけで形成可能であることから、オンデマンドな励起光源が作製可能である。これは、生化学や医療分野で待望されるポータブルバイオチップへの応用が期待される。

出典文献

N. Kobayashi, T. Kasahara, T. Edura, J. Oshima, R. Ishimatsu, M. Tsuwaki, T. Imato, S. Shoji, J. Mizuno, “Microfluidic White Organic Light-Emitting Diode Based on Integrated Patterns of Greenish-Blue and Yellow Solvent-Free Liquid Emitters”, Nature Publishing Group Scientific Reports, 5:14822 (2015)

持続可能な安心・安全な社会の実現に向けて

破壊における研究の動機

破壊事故による経済損失は国内総生産の約4%に上るといわれる。著者が米国ワシントン大学にて破壊力学の模擬講義で取り上げた話題の1つである。大きな経済損失を伴うため、破壊事故を未然に防ぐことは有意であるという内容だった。この発言に、著名な先生からご指摘を頂いた。第2次世界大戦後日本からアメリカに渡った研究者のうちの一人で、90歳を超えてなお現役バリバリの先生である。「経済のためではない、尊い人命が失われないためにこのような研究が行われるべきなのだ!」と。ハッと思い知らされた。我々の使命はまさに、このような動機に基づくべきものである。機械構造物における主な破壊の原因は金属疲労である。金属疲労という現象は産業革命後に認識され始めた。最初に本格的な金属疲労の研究が行われたのは、1842年5月8日に起こったベルサイユ鉄道事故に端を発する。ベルサイユ宮殿で開かれたルイ・フィリップ1世の祝賀会の後、パリ行きの列車が先頭機関車の車軸の破損により脱線し、後続の客車が次々と乗り上げ火災が発生した。犠牲者は40名とも80名とも言われている。ドイツの鉄道技師のWöhler氏が車軸の回転を再現した装置を作製し疲労試験を行った文献が残されている。Wöhler氏の研究の動機はまさに、多数の尊い人命が失われないようにするためであろう。

航空機の設計の変遷

さて、航空機の設計の歴史を遡ってみると、墜落事故の原因解明により設計の改善が図られてきた。1903年12月17日にライト兄弟は、「ライト・フライヤー」号によって初めて有人の動力飛行を成功させた。その後、旅客機が運航を開始するのに20年とかかっていない。そして、1954年に世界最初のジェット旅客機であるコメット機の連続墜落事故が起こった。これも事故調査の結果、金属疲労が原因であることが報告されている。当時の飛行機の設計は安全寿命設計と呼ばれ、大きく安全率を見積もり、運用期間中に疲労破壊が生じないように設計されていた。それでも疲労破壊が起こってしまったっため、損傷が入っても致命的な破壊に至らない設計にするための工夫がなされるようになった。現在の航空機では、運行中にき裂が進展することを前提とした損傷許容設計が採用されている。

生物に学ぶ材料設計

これまで、航空機の主な機体構造はアルミニウム合金で作られていた。しかし、金属では機体重量が大きくなるため、最新鋭航空機の主要構造材料は炭素繊維強化プラスチック(CFRP)にとって代わられた。CFRPは炭素繊維を樹脂で固めた複合材料である。複合材料の歴史は長く、紀元前15世紀の古代エジプトにまで遡る。現存している最古の資料として日干し煉瓦を割れにくくするために藁を混ぜている姿のレリーフが残っている。何かを混ぜて新しいものを作るという考えはいつの時代も同じである。材料設計の観点では自然から学ぶことも多い。竹の断面は空洞になっており、かつ繊維は外側になるほど密に配列されている。これは材料力学の観点から見れば、軽量で曲げ剛性を高めようとするこのような形状は理に適っている。アワビの貝殻は98%の炭酸カルシウムと2%のタンパク質がナノメートルスケールの多層積層構造をしている。この構造は1つ炭酸カルシウムの層でき裂が生じてもたんぱく質の層で停留するため構造全体にき裂が進みにくい構造となっており、炭酸カルシウム結晶のみと比べて約3000倍もの強度発現を実現している。また、ヒトは骨折しても自身で治癒することができる。もし、生体に見られるように金属材料などでも自律的に傷が治せるようになれば、破壊事故が無くなり持続可能な安全・安心な社会の到来もそう遠い未来ではないのかもしれない。

電気刺激で修復される金属疲労き裂

電気刺激で修復される金属疲労き裂

応用数理は世界を変える

世界を変えた数学者たち

人類の長い歴史の中で、世界を変えた数学者と言えば誰でしょうか?誰を選ぶかは人によって違うでしょうが、アルキメデス、ニュートン、オイラー、ガウスなどを挙げる人が多いのではないでしょうか。科学を学んでいるみなさんにとってはもちろんおなじみの名前ですよね。

なぜ彼らが活躍した時代から長い年月を経た今でも彼らの名は広く知られているのでしょうか?これまで科学の様々な発見・発明がなされてきましたが、長い年月を経ても発見者・発明者の名前が広く認知され続けることはめったにないことですから、彼らの成し遂げた発見は本当に偉大なものであったはずです。

古代ギリシャのアルキメデス(紀元前287年?- 紀元前212年)は求積法(積分)を発見したことで知られていますが、アルキメデスの原理(浮力の原理)の発見やスクリューなどの発明でも知られる天才科学者でもありました。入浴時にアルキメデスの原理を発見し裸で走り回って喜んだ逸話は有名ですね。ニュートン(1642年-1727年)は古典力学の基礎を築き、その際に必要な道具として皆さんが学んでいる微分積分学を発明し、その後の人類の歴史を大きく変えました。人類史上、最も多くの論文を書いたと言われるオイラー(1707年-1783年)は、オイラーの公式を始めとする膨大な数の数学の定理・公式を発見しましたが、流体力学の基礎方程式であるオイラー方程式や古典力学のオイラー・ラグランジュの方程式など物理学の基礎方程式も発見しています。神童ガウス(1777年-1855年)は若い頃から多くの数学の難問を解決し数学者としての名声を高めましたが、天文台長に就任する30歳前後あたりから誤差論、天体力学、測量学、電磁気学などの応用数理分野の研究にも取り組み、偉大な研究成果を残しています。

アルキメデスのらせん

アルキメデスのらせん



彼ら全員に共通することは、数学という1つの学問の枠組みに囚われず自然科学の問題と真摯に向き合い、数学を使って現実問題を解析することを試み、また現実問題への取り組みから新しい数学を切り拓いたことであると言えるでしょう。つまり、彼らは数学を科学に応用し、またその試みの中から新しい数学を創った『応用数理』の研究者(=応用数学者)であったのです。数学は数に関わる抽象的な概念と論理だけで組み立てられる学問ですから、実験・観測などの実証を要する他の科学分野とは一線を画す学問であり、数学単独で成り立つ特殊な学問です。逆に、この数学の徹底した論理と抽象性へのこだわりが、科学の諸分野への思いがけない数学の応用にしばしば繋がることがあります。何の役にも立たないと思っていた結果が数十年後に意外な分野で役に立った、ということは数学ではしばしば起こるのです。

『非線形』の時代

20世紀前半は相対性理論と量子力学に代表されるように物理学が飛躍的に発展し、それらに関連する数学も急速に発展しました。20世紀後半になると人類はコンピューターという大きな武器を手に入れ、『非線形』をキーワードとし科学全体で大きな潮流が生まれました。人類はそれまで科学で見過ごされてきた非線形性が生み出す多様で複雑な世界に気づき、『カオス』や『ソリトン』といった新たな概念に辿り着きました。数学も科学界にできた大きな潮流に巻き込まれながら、また新たな潮流を生み出しながら、着々とその根を広げてきました。数学という学問は、単独で成立する学問ではあるものの、他の学問と相互作用することで、さらに逞しく豊穣な学問へと成長し、予想もしなかった新分野を生み出す力があると言えるでしょう。「応用数理」とは、まさに数学と諸科学との深く絡みあった関係を表すことばです。

例えば、海岸や水路で見ることのできる粒子的で安定な孤立した波である『ソリトン』は、実は非線形微分方程式がなぜ解けるのか?という数学の問題と深く繋がっています。ソリトンをコンピューターの数値実験で発見したザブスキーとクラスカルを含む応用数学者たちはこのことに20世紀後半に気づき、ソリトンの『科学』と『数学』が飛躍的に発展しました。自然科学の興味深い問題を数学の問題に焼き直した時、数学の問題としても興味深い問題になることがしばしばあります。20世紀後半は、そのような驚くべきことが次々と起こった『非線形革命』の時代であったと言えると思います。
2つのソリトンの衝突

2つのソリトンの衝突



21世紀、応用数理は世界を変えうるか?

21世紀になってすでにかなりの年月が経ちましたが、果たして21世紀に世界を変える数学者は現れるでしょうか?数学も科学も多くの先駆者たちのおかげですでにかなり高度化してしまっている現代では、もはや一人の天才が世界を変えるなんてことは起こりえないようにも思えますが、人類の歴史を振り返ると、数学と他の学問分野の境界領域(つまり、応用数理)にまだ未開拓の広大な土地が広がっていてそれに気がついた才人がまた世界に革命を起こすことがいつの日か再びあるような気もします。最近ですと、ビッグデータや人工知能などが世間を騒がせていますが、そういう新しい潮流の中に数学のおもしろい問題が潜んでいる可能性はあるでしょう。21世紀、応用数理で世界を変えるのはあなたかもしれません。

数学を学ぶ理由 (数学科)

算数や数学がどうして大事なのかの説明は、身近にありふれています。小学校の算数はお金の勘定と切っても切れない関係にあるし、高校で学ぶ微積分は物理学やそれに基づく様々な工学の知識と切っても切れない関係にあります。金融資本主義が発達し、高度に情報化した現代においては、数学はますます重要になっていく… こんな話は、ほとんど陳腐と言えるほど繰り返し言われてきたことで、異論の余地はないはずです。そうだとすれば、社会の大多数が算数や数学の重要性を真剣に捉え、進んで数学の勉強に励んでも良さそうなものです。しかし、現実はそうなってはいません。老若男女問わず自分が勉強する段になると「数学なんて勉強しても役に立たないでしょ」などと考える人は少なくない。「重要だ」とわかっているのに「役に立たない」とは一体どういうことでしょう。

なぜ計算練習をするのか

小学校で掛け算の九九を覚え、足し算引き算の繰り上がり繰り下がりだの、掛け算割り算の筆算だのをさんざん練習させられた記憶というのは誰にでもあるでしょう。そういう作業を楽しいと感じた人もいるでしょうが、ただの苦痛でしかなかったという人も少なくないはずです。そんなとき、必ず出てくるのが次のような意見です。

このような数の計算はコンピュータ(昔風に言えば電卓)を用いれば瞬時に出来るのであるから、手計算の速さ正確さを鍛える必要はないし、時間と労力の無駄でさえある。

これは一見説得力のある意見に見えますし、ある意味では正しい主張と言えるでしょう。どうしても5桁の数同士の掛け算を計算して答えを求めねばならない事情があったとして、電卓やコンピュータを用いずにあえて手計算でやったほうがよい理由など存在しません。計算の結果だけが必要なのであれば、もちろんコンピュータにやらせるほうがよいに決まっているのです。

しかし、学校で計算練習をする目的は計算問題の答えを求めることではありません。数の四則演算がどのような原理に基づいてなされるのかを理解することがその主眼なのです。例えば、小学校の正の整数同士のあまりの出る割り算の筆算のやり方に習熟していなければ、高校で習う整式の整除を理解するのは困難で、その先にある剰余の定理、因数定理、3次以上の式の因数分解など様々なことの理解が困難になるでしょう。このように、算数や数学の勉強で最も大事なのは、なぜそうなるのかを理解することであり、個別具体的な計算を速く正確にすることそれ自体には大した価値はないのです。

そうなると計算のやり方さえ理解すれば計算練習などいらないじゃないか、何であんなに時間と労力をかけて計算練習をするのか、と思われるでしょう。その答えも実は明白です。ほとんどの人は、具体例の計算を通してしか、算数や数学のなぜそうなるのかをきちんと理解することはできないからです。これは、最先端の数学の研究でも同様で、数学者は抽象的な理論を作ったり一般的な定理を証明する前に、まずは必ず具体例を計算し、そこで何が起こっているのか、どういうところが難しいのかの検討から始めます。歴史上の大数学者たちがしばしば膨大な計算を記したノートを残していたりすることは非常に印象的です。

数学を使うということ

さて、計算練習が算数や数学の学習にとってエッセンシャルな要素だということを納得してもらったとしましょう。それでもなお、こういう意見を言う人は必ずいるでしょう。

しかし、私は数学の理論を勉強することには興味がない。実利上、数学は必要な時に必要なだけ使えればよい。だから、そもそもなぜそうなるかの理解に時間や労力を費やす必要はなく、ユーザーとして数学的な知識を効率的に使って生産性を上げることこそが重要だ。

これもなかなかに説得力のある意見です。計算機の出現以降、経済活動に必要な金勘定は表計算ソフトなどでやるのが当然で、暗算や手計算でやるのは意味がないのと同じように、より高度な数学の知識もユーザーの立場で効率的便利に使えさえすればよいのであって、なぜそうなるのかは関係ない。実際、私も含め多くの人がそのようにして暮らしています。明日訪ねる予定の美術館まで案内してくれるスマートフォンの動作の一つ一つがどんな数学的原理で可能になるのか、隅々まで理解しているわけではなく、いやむしろ、ほとんど何も知らないで使っているのです。この意見に対する常識的な反論はこうでしょう: 全員が数学のユーザーになってしまったら、新しい数学の知識、あるいは、新しい数学の知識に基づく科学の進歩が止まってしまう。それは人類社会の維持、あるいは進歩にとって望ましいことではない…

これは非常に苦しい反論です。実際問題としてほとんどの人が数学のユーザーでしかないのだから、数学を深く理解する必要はないのだという主張に答えていません。だからこう言われます。数学なんて、ごく少数の変わり者だが才能のある者にやらせておけばよい、と。

自動推論

このような観点は、これから先、最先端の数学の研究においてさえも致命的かもしれません。数学の議論にはルールがあり、そのルールに則ってなされる議論にはしばしば幾つかのパターン・定跡があります。数学者は時として全く新しい論法を発見したりもしますが、ほとんどの場合は既存の定跡の組み合わせで定理を証明していると言ってよいでしょう。しかし、このような「パターン認識」はまさに機械学習の得意とするところであり、コンピュータが囲碁で人を打ち負かすように、人間が一生かかっても学びえない量の数学の議論を消化したコンピュータが、世界トップの数学者よりも新しく斬新な論法を生成するようになるというのは、必ずしもSFの絵空事とも言えないように感じられます。実際、計算機による数学の自動推論・証明支援について真面目に研究している学者もたくさんいるのです。

そうなったら、数学者は全員失業するのでしょうか。もう昔ながらの数学者はいらないと言って、誰も数学のなぜそうなるのかを深く理解し研究しようとしなくなったらどうなるでしょう。コンピュータだけが数学の議論のパターンについての膨大な知識を持っており、人間はほとんど数学を知らない。それは、人間の創造的な思考の営みの一分野としての数学の死を意味します。人間が「ユーザー」の立場に徹し、効率を求めて行った先にそんな世界があるとすれば、背筋が寒くなるのを禁じえません。今後は逆に、数学のなぜそうなるのかを一人でも多くの人間が頭の中に保持しておくことがこれまでになく重要になるのではないか、そんなことを、大学で数学を教えたり研究したりしながら考えたりします。

人類の夢「音の記憶を残す」(表現工学科)

音楽は、いつから始まったのでしょうか。人類の歴史の最初期、 もしくは、類人猿と呼ばれる我々の祖先たちの間にもあったのかどうか、知る由もありません。

今、私たちはごく普通に音を録音し、それを聞く事ができます。音楽を保存でき、いつでも再現できる、もちろん全く同じではありませんが、少なくとも「かなり実際に近い形」で聞き、状態を知ることができることは、人類の夢の実現だったと言っても過言ではありません。

音楽がいつから始まったのか。ドイツ南部の洞窟から、約35000年前のマンモスの牙の笛が見つかっています。が、これは笛に指穴が空けられており、楽器としては相当に進んだ段階のものと考えられます。おそらくその前に、何も穴がない「ただの竹の笛」などがあったと思いますし、更に楽器以前に「唄う」、もしくは「声を出して何かを表現する」段階があっただろうと思われます。竹や木は、朽ちてなくなってしまいますし、声に至っては、出した瞬間に消え去るという、美しい現実があります。「音の記憶は残らない」従って古代の音は「知る由もない」わけです。
音楽を残したい、そしてそれを聴きたいという人類の夢、これは1800年代に実現し、現在は当たり前のものになっています。意外とあっさり実現したとも言えますが、人類の何万年かの歴史の中で、音が残っている時間はわずか150年、それだけの記録に過ぎません。それ以前の音の記憶を探し出す手立ては、今のところないのです。これを探し出せるのは科学者か芸術家か、はたまた人工知能のような第3のものか、もちろん分かりません。

Mammoth-Ivory-Flute,Geissenklosterle-Cave,Germany

Mammoth Ivory Flute,Geissenklosterle Cave,Germany(約35000年前)



「音の記録」にかんしては、この150年の歩みは目を見張るものがあります。より原音に近く収録し、本物に近く再生する。技術的にはまだまだ途上ですが、少なくとも音楽の姿を類推するに十分な能力を備える所まで来ています。最初の録音機(と読んで良いかどうか)は、1857年にフランスのエドワード・レオン・スコットによって作られました。今で言う地震計のようなもので、波形を記録する録音機のようですが、これは残念ながら再生が出来なかったとのこと。ただ、今の技術で読み出すことができ、確かに録音されていたようです。そして1877年には、トーマス・エジソンによって、録音・再生ができる録音装置が発明されました。それ以来、録音、再生ともより原音に忠実に音を記録すべく研究が続けられています。まだ生の本物の音楽を再現できるところまでは来ていませんが、エドワード・レオン・スコットの録音機を考えると、将来、今録音している媒体から、より本物に近いデータを取り出し、再現できるようになるかも知れません。今の技術では再現不可能でも、より精密な記録方式を考える意味はあると思います。

エドワード・レオン・スコットのフォノトグラフ(1857年)

エドワード・レオン・スコットのフォノトグラフ(1857年)



エジソン蓄音機

トーマス・エジソンの蓄音機(1877年)



録音・再生の技術は、芸術にとっても大きな変革をもたらしました。録音されたものを重ね合わせ、加工する事によって、実際の演奏とは違った作品を生み出し、記録に留まらない第3、第四の表現が可能になっています。また、再生技術は音声増幅を加速させ、今やたった5人の歌声を、東京ドーム一杯に響かせ、ドームの外にまで聞こえてくるパワーを備えています。

こうした科学技術と芸術の関係は、音楽に関して言えば、古代から脈々と続いてきたものです。楽器は技術者が作ります。音楽の仕組み、例えば「音階」は、数学者が物理現象に添って作ったものです。それらを評価し、作品を生み出すのは芸術家です。また、芸術家は表現のために、さまざまな希望を持っています。が、それを実現してくれるのは、工学や科学技術なのです。それは今、更に密接な関係になってきました。録音に始まり、コンピュータに至る技術の進歩の過程で、芸術も進化し続けています。人を幸せにする音を求め、表現して行くためには、科学技術とのより密接な関わり合いを必要としています。表現工学科が目指している、科学と芸術の混合、化合、そして融合、そこから更に素敵な音楽が生まれるものと信じています。

ProTools コンピュータのハードディスクレコーディング・システム

ProTools コンピュータのハードディスクレコーディング・システム

資源としての青函トンネルと電波(情報通信学科)

北海道新幹線が今年の3月に開業しました。子どもの頃から鉄道好きでしたので、北海道ゆかりのラベンダーやライラックを想わせる紫色の帯をまとった新幹線が青函トンネルを疾走する姿を見ると心が躍ります。また、それと同時に、青函トンネル内に敷設された3本の線路を目にすると、この鉄道ネットワークの進化が私の専門分野である「いつでも、どこでも」つながる通信ネットワークを実現する無線通信技術の進化と重なって見え、それらの間の類似性にちょっとした感動を覚えます。

今回、青函トンネルでは、長い年月と多大な労力のかかるトンネルを新たに建設することなく、在来線のレールの外側に新幹線用の線路をもう一本敷設して、レール幅の異なる在来線と新幹線の間のトンネル共用を実現しました。このアプローチは、まさに、無線通信の進化のアプローチと同じように見えます。無線通信でも、音声、データや画像は、限りある貴重な通信資源である電波によって伝送されますが、新しい通信システムを導入する場合、そのために新たに周波数を割り当てるのではなく、古い通信方式と新しい通信方式が互いに共存できるよう技術を高度化していきます。このように考えてみると、鉄道におけるトンネルは、無線通信における電波に対応していて、鉄道も無線通信も新旧のシステム共用といった、まさに共通のテーマに挑戦していることがわかります。

8-8seikan

この他、電波の有効活用といったテーマは、大都市におけるビルの高層化にもたとえることができます。超高層ビルは、土地を広げることなく、収容能力を劇的に向上させることができます。ビルの超高層化は、まさに年間約2倍、今後10年間で約1000倍のペースで増加すると見込まれるモバイルトラヒックの爆発的な増加に対処する上で鍵となるMIMO(multiple-input and multiple-output)技術と重なって見えます。MIMO技術は,送信側と受信側の両方で、複数のアンテナを持つことによって、使用する電波資源を増加させることなく、通信容量を向上させるものです。特にMIMO技術では,高層ビルにおいて各フロアを頑丈に仕切る設計技術が必要とされるのと同様に、受信側で同じ周波数を使って運ばれてきた信号を分離する、いわば10人の人が一度に喋ったことをすべて聞き分けられた聖徳太子の耳のような高度な信号処理技術が必要となります。現在、国内外で、あらゆるモノがインターネットを通じてつながるIoT(Internet of Things)を実現すべく、第5世代移動通信システムの研究開発が精力的に進められています。そこでは、アンテナを数100個設け、受信側では高度な信号分離技術を駆使した、1秒間に10ギガビットの伝送ができる無線通信技術の実現が期待されています。

このように、鉄道や建設をはじめとする他の分野において、情報通信分野と同様の目標やテーマを見出すことができることが大変興味深く、逆に、他の分野で行われている問題解決に向けたアプローチに違いが発見できると、それが自分野の問題解決のヒントになることがあります。

情報通信技術は、先進国にとっては、主に、超高齢化社会やエネルギー問題の解決の切り札として、新興国にとっては、主に、経済発展の基盤として、その高度化がより一層期待されています。情報通信学科では、90年にわたる早稲田理工通信の伝統を継承しつつ、高速・高信頼・高セキュリティーな情報ネットワークの基盤となる通信ネットワーク・コンピュータ技術と、ビッグデータと人工知能の連携により通信ネットワークにさらなる付加価値を与えるメディア・コンテンツ技術をバランスよく学びます。

日進月歩で進化する情報通信ネットワーク技術の上に、みなさんの興味・関心から生まれる新鮮かつ斬新なアイデアを重ね合わせて幸福で豊かなスマート社会を一緒に創り出していきませんか?

生物学の新しい主役は情報科学

生物の研究と聞いて思い浮かべるのはどのような光景でしょうか?おそらく白衣を身にまとった研究者が試験管を片手に薬品を混ぜ合わせている姿を想像するのではないでしょうか。ところが現代の生物学では、こういった実験による研究だけでなく、コンピュータによる解析が非常に重要な役割を果たしているのです。

ヒトゲノム解読成功の裏にはコンピュータあり

一例をあげましょう。生命の設計図であるゲノムは4種類の塩基が鎖状につながった物質です。そのため、4種類のアルファベットから構成される文章とみなすことができます。人のゲノムの長さは30億塩基対です。つまり、30億文字からなる文章の中に人を創るために必要な秘密が隠されているのです。この秘密を解き明かすのは容易ではありません。研究者たちはまず、辞書を作ることから始めました。一人分のヒトゲノムがどのような文章なのか、約10年間かけて読み解いたのです。これが1990年から始まったヒトゲノム計画です。実はこのヒトゲノム計画では、コンピュータが非常に重要な役割を果たしました。DNAからまとまって読み取れる塩基の並びは長くても1000塩基程度です。そのため、長い文章からバラバラに読み取られた膨大な量の短文を、短文間の“のりしろ”を考慮しながらつなぎ合わせ、元の文章を復元する必要があったのです(図1)。

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図1



このような作業は人の手では到底完遂不可能です。ヒトゲノム計画ではコンピュータを巧みに利用してこの問題を解き、ゲノムの辞書を作り上げることができたのです。

ゲノムビックデータ

ゲノム研究において、コンピュータの重要性は劇的に増しています。まず、図2をご覧ください。

Sequencing graphs JAN_13

図2



こちらは、アメリカ国立衛生研究所(National Institute of Health)が試算した一人分のヒトゲノムを読みとるのに必要な金額を示したグラフです。縦軸がコスト、横軸が年を示しています。2000年代後半から急激にコストが下落しているのがわかると思います。前述のヒトゲノム計画には約3000億円が投入されましたが、現在では装置の性能向上によって、なんと一人分のゲノムを10万円で読むことができるようになってしまったのです。これにより、世界中の研究機関で大量のゲノムデータが算出されるようになりました。このような状況になってしまうと、もはや一つ一つのデータを丁寧に人が見て解析というのは不可能です。大量のゲノムデータを超高速に処理して、生命現象に関わる情報を自動的に抽出する必要があるのです。さらに、ヒトゲノムを取り扱う際には、セキュリティの問題にも十分注意を払わなければなりません。最新の研究では、暗号を使ってデータの中身を隠しながらゲノム情報を解析する手法の利用も検討されており、ここでもコンピュータが活躍をしています。

計算生物学

コンピュータの重要性はゲノム解析だけにとどまりません。生体内で働くタンパク質の立体構造を解析し、薬の候補になる化合物との結合度合を予測(あるいはシミュレーション)するのもコンピュータの役割です。その他にも、ここでは紹介しきれないほどたくさんの問題でコンピュータの利用が進んでいます。このように生物の実験を行わず、データの解析に特化した研究(あるいはその解析に役立つ技術を開発する研究)を総称して「計算生物学」(もしくは,バイオインフォマティクス)と呼びます。冒頭に述べましたとおり、計算生物学の重要性は生物を専門とする研究者の間でも広く認められるようになり、最近では実験も行いつつコンピュータによる解析も行うハイブリッドな研究者も増加しています。

生物学という、およそコンピュータとは縁遠く聞こえる分野においても主役級の役割を果たしているコンピュータについて、ぜひ学んでみませんか?

自然と調和した機械・航空・宇宙のテクノロジーを求めて(機械科学・航空学科)

機械科学の過去と現在
「機械」と聞くと、多くの人は、私達の生活を便利で豊かにするために人間自身が作り出す夢の道具を想像することでしょう。実際、自動車や航空機、ロケットなどの技術の進歩によって私達の生活は飛躍的に向上し、便利になりました。しかし一方で、科学技術の進歩とともに、環境破壊や資源の枯渇など、人類の存在を脅かす問題が増えているのも事実です。遠い昔、大地がどこまでも平坦であると信じられていた時代には、多くの人が、環境や資源は無限に存在するかのような錯覚を抱き、人類が自然環境を変えてしまうなんていうことは思いもよらなかったことでしょう。しかし、産業革命以降の技術と社会の爆発的な成長により、自然環境は、人間の活動によって容易に破壊され消耗してしまうことが明らかになりました。私達人類の自然への作用は、いつか必ず私達自身に跳ね返ってくるのです。そして、利便性だけを追求して技術開発する時代は終わりを告げました。
自然に潜む未来型テクノロジーの種
21世紀の機械科学や航空宇宙技術を探求する私達にとって、自然および自然の中で進化を続けて来た人間自身に目を向ける必要性はますます高まってきています。実際、進化という観点から自然を注意深く眺めてみると、実は自然そのものが、計り知れない「エンジニア」であることに気付きます。例えば、生物の細胞の中では、分子モーターと呼ばれるタンパク質でできた多数の「機械」が正確に機能を発現し連携することによって、生命活動を支えています。また、地球上の生態系や大気、海洋の大循環系は、全てが調和的に相互作用することで、太陽を最大のエネルギー源とする一つの驚くべき動的システムを形成しています。さらに大きな世界に目を移すと、例えば太陽系の内部には、宇宙探査機が省エネルギーで旅する際に利用可能な、目に見えない多数の「チューブ」が張りめぐらされていることに気づきます。以上の例はどれも、何十億年という宇宙・地球・生命の進化の中で、自然そのものが自己組織的にデザインし創り上げてきた驚くべき産物です。さらに以上の例はどれも、部分が連携することによって全体として合目的的な機能を発現するという、広い意味での「機械」の性質を備えています。このように見てくると、自然そのものが、自然に最も調和したテクノロジーを生み出す最良の「エンジニア」であることが納得できるでしょう

生体内で機能を発現する回転型分子モーター(ATP合成酵素)

生体内で機能を発現する回転型分子モーター(ATP合成酵素)


Fig2

太陽系内の物質輸送を司る「チューブ」



私達の未来に向けて
自然が悠久の時の中で行う上述の「エンジニアリング」の秘訣を謙虚に学ぶことによってこそ、私達人類は、自然環境を維持するための新たな原理を備えた機械を生み出すことができるでしょう。さらに、人類がどこへ向かうべきなのかという究極の問題への答えもきっと見つけることができるでしょう。機械・航空・宇宙工学を土台にした「第二の地球を見出すための検討」や「新たな医学の創出」も少しずつではありますが始まっています。機械・航空・宇宙工学が、自然に恩返しすべき時、と言うべきなのかもしれません。では若い皆さんは、どのようにしたら自然から学ぶことができるのでしょうか?どのようにしたら「向かうべきところ」を見つけることができるのでしょうか?「万能な特効薬」はありませんが、一人一人が、早稲田大学のキャンパスの中で、いろいろな仲間・先輩・教員と議論し、そこを起点として世界を闊歩するところから何かが見えてくるのだと思います。

Fig3

新学期を迎えた西早稲田キャンパス